辨野義己(べんの よしみ)先生

今月の人
2012-04-24

「便の研究をしている“ベンノ”は本名です!」

冷たい雨の降る日、和光市にある独立行政法人理化学研究所に先生を訪ねた。
“うんち博士”として名高い辨野先生だが、お名前と研究テーマの、なんとも妙なる合致から、一度聞いたら忘れることのできないお名前である。ご本人もその件については「ウン命だ」と、ジョークのネタにしてはばからない。

大腸がんと腸内細菌の深い関係

先生がこの研究所に赴任したのは2004年だが、30数年にわたり腸内細菌一筋に研究を重ね、今や世界中の5000人以上のうんちを調査している。
では、うんちの何を研究しているのか。うんちに含まれている腸内細菌を研究し、さまざまな病気との因果関係を解明しているのである。
「がんと腸内細菌の関係が分かってきたのは、つい最近のことです。
胃にピロリ菌が発見されたのが1980年ですが、当時は誰もこれが胃がんの原因だなんて考えもしなかった。同様に、大腸がんが腸内細菌によるものだということは、つい最近まで誰も想像しなかったことです。つまり胃腸のがんは、常在菌の感染症である、ということが分かってきたのです」
腸内細菌の構成は個人差が大きく、また同じ人でも食生活や年齢によって変化するという。その変化が健康状態をあらわし、疾病予防や早期発見にもつながると先生は考えている。

食べ物を変えれば、腸内細菌も変わる

「35才のとき、毎日、肉を1.5キロ食べて、不健康なウンチをつくり出そうという実験を40日間続けたんです。とにかく1日3食、肉だけを食べ続けたら、みるみるウンチが変わっていく。次第に黒ずんできて、腐ったような強烈な臭いを放つようになる。
そのウンチを調べてみると、ビフィズス菌が減って、クロストリジウムという悪玉菌が増えているのです。pHも肉食獣のようなアルカリ性になっていた。つまり、食べ物が変われば、腸内細菌のバランスも変わり、ウンチも変わる、ということを我が身を持って証明したわけです」
そしてバランスを崩した腸内細菌は、発がん物質を産生することもあるというから、侮れない。日々の食事の大切さを思い知らされた。

乳酸菌が病気の予防に役立つ

もちろん、腸内には有害な菌ばかりではない。健康に有効な菌もいる。腸内細菌の研究が進むにつれて、腸内環境を左右する乳酸菌の機能性についても解明されてきている。
「たとえば、シロタ株がインフルエンザの予防に役立つというヤクルトの研究が高い評価を受けて、ベストペーパー賞を授与したのですが、こうした株ごとの機能性が分かってくると、疾病予防にも利用できるようになりますね」

「出すことは、生きること」

栄養学では「食べることは、生きることだ」とよく言いますが、同様に「出すことは、生きること」なんです。
何を食べるかということには頓着するが、どのように出すか、ということには無頓着になりやすい。うまく出ない――つまり便秘する、ということに対する認識が足りないのだと先生は言う。
「若い頃から便秘がち」「便秘薬は常備薬」――こうしたことに、きちんと危機感を持たなければならない。便秘がもたらす様々な弊害によって、腸は最も病気にかかりやすい臓器なのだから。

辨野流・便秘対策ならコレ

では、便秘の原因は?というと「偏食、ストレス、運動不足」。とくにハム、ソーセージなどの肉加工食品の摂取量が、ひと昔前は年間3kgだったのに比べて、15倍の45kgになっていることや、野菜不足、運動不足、アルコールの多飲などは、大腸がんのリスク要因だ。
そこで、便秘を解消し、大腸がんを予防する方法を、先生ご自身の体験談からご教示いただいた。
「私は50歳の頃、体重が88キロ、体脂肪率が28,5%、コレステロールが400を超えていましたね。ブラジルへよく出かけていたこともあって、とにかく肉が大好き、野菜とヨーグルトが大嫌い、という食生活です。
これではいかん、と決意して、毎日、肉に加えて野菜スープとプレーンヨーグルトを食べることにしたのです。それから、1日1時間の運動メニューも取り入れました。すると2年後、体重は72キロに、体脂肪率は19%、コレステロールも200以下になりました。今、64歳ですが、維持していますよ」
なるほど、野菜スープは食物繊維がたっぷり摂れる、ヨーグルトは腸内環境を整える。これなら、好きな肉を食べても大丈夫!というのが辨野流。
加えて、先生の日課になっているという運動メニューを、実演付きで教えていただいた。スクワットや腕立て伏せなど、筋トレ系メニューを、仕事の合間に30分。それと、近隣の公園を、足にウェイトを付けて歩く。
歩くことは、腸よう筋を鍛えるのだとか。これが便秘対策に良い。ただ、トボトボ歩いては用をなさない。足を上げてしっかり歩くことがポイントだ。

子どもの健康は、お母さんの腸内環境から

最後に、先生の今後の研究テーマを伺った。
「子どもの発育や健康状態に、妊婦の腸内環境がどのように関わってくるかという研究は、今後のテーマの一つですね。これまでも、その相関関係はある程度、検証されていて、たとえば親のアレルギーは子どもの47%に発症します。これが、乳酸菌によって抑制されるという論文があります。
つまり、母親の腸内環境を改善することで、産まれてくる子どもの体質や疾病に良い影響を与える可能性が高いということです。こうしたことをさらに解明して、今後の食育に活かしていきたいですね」
昔はなかった子どもたちの現代病も、実は腸内細菌がその治療や予防のカギを握っているのかもしれない。先生の今後のさらなる研究に、大いなる期待を寄せたい!

*辨野先生のおすすめの書籍
「見た目の若さは腸年齢で決まる」
「健腸生活のススメ」

辨野義己先生プロフィール

独立行政法人 理化学研究所バイオリソースセンター室長。 農学博士。酪農学園大学獣医学科卒、東京農工大学大学院を経て2004年から現職。理化学研究所では光岡知足の業績を引き継ぎ、腸内細菌・微生物分類の研究に取り組んでいる。とくに腸内細菌のDNA解析によって従来発見されていなかった腸内細菌を発見した業績は大きい。

おもな著書として、「ウンコミュニケーションBOOK」(ぱる出版)、「ヨーグルト生活で「腸キレイ」」(毎日新聞社) 「ビフィズス菌パワーで改善する花粉症」(講談社)、「べんのお便り」(幻冬舎)、「病気にならない生き方で、なる病気」(ブックマン社)など多数。TV出演も多く、「クローズアップ現代」、「タモリ倶楽部」、「世界一受けたい授業」など幅広い。

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